支援級に在籍しているので、宿題は支援級の先生が出しています。
1年生の時から、少なめにしてもらっていました。
1年生の時は少なめの宿題を本人がやっていました。(計算5問くらいのプリント)
2年生から本格的に環境設定を整えることにして、少なめの宿題も私がすることにしていました。
宿題をなくしてほしいという交渉はしつつ、ゼロにはならなくて、時々増えたり。(でも本人にさせていないので気にはならなかったですが)
3年生の後半から、平日は「宿題は無理しなくてよいですよ」って感じになって、週末だけ私がするという感じに。

で、この4月からのことなんですが、実質宿題無しになりました!!
同じ先生が4年目でやっと・・なので、なかなか宿題無しという交渉は難しいものなのだろうと思います・・・。

さきほどの家庭訪問で、
「宿題は自学ということで良いですよ」
と先生。
「・・それは、提出が必要ですか?」
と聞いたところ、
「提出はしなくてよいですよ。おまめくんはいつも家でしている学習(どんぐり)の話しをしてくれているし、いろいろな生き物や植物を観察したり育てている話しも聞かせてくれています。こっちが教えてもらうことも多いくらいです。なので、それが自学ということで、提出はしなくても大丈夫ですよ」
とのこと!!!
実質の宿題免除、4年目にして承諾していただけたようです^^/

正直少なめの宿題でも、毎朝ちょっと早起きしてやるのが(私が)大変だったので、免除はありがたいです。
何より、いわゆる「読み・書き・計算」の宿題をせずにどう育つか、というのを実感していただけるのがありがたい。
そして先生は、
「おまめくんには家では自由にいろんなことをさせてあげたいと思ったんです。宿題をする時間よりも、自由に遊ぶ(学ぶ)時間を優先してあげたいと思うようになりました。」
と言ってくださいました。

1年生の時は計算のできないおまめくんを心配して、「家でも計算カードをしてください!!」とおっしゃっていた先生です。
今は、ドリルをほとんどさせず、学校の「スキルタイム(ドリルの時間)」も、おまめくんには読書タイムということでのんびり過ごさせてくださっています。

先生も最初は変わった親だと思われただろうな・・・。
でも、成長していくおまめくんを見て、家庭の方針に共感してくださったのだと思います。

この1年、楽しみです^^




 

どんぐりを選ぶ時に、宿題なし、ということが心配な方も多いかと思います。
我が家は宿題をこの2年間、全くさせていないので、参考までに。

●家庭学習どんぐりのみ
●宿題・その他どんぐり以外の勉強を家ではしていない
●学校の授業でもドリルは使わず、教科書のみ(支援級なので先生と相談してそうなりました)
●九九を覚えていない

という状況での、全国学力テストの結果。
この『目標値』というのは全国平均点?






国語は、漢字の書き、ローマ字が全滅。
我が家は漢字のIF法も試していないので、漢字が書けないのは仕方ないと思ってます。
あと、辞書の引き方、を間違えてました。
読解で×がついているものがひとつありました。

算数の間違いは3問。全部ケアレスミスでした。最後の問題を続けてミスしているので、集中力がきれたのか?
問題・回答用紙をみると、理解できてなくて間違えたものはなかったようです。

親切にも、問題用紙と回答のコピーが返ってきたので、間違えたところはお宝帳に貼って夏休みに再度取り組むことができるので、よかったと思います。
ちなみに、おまめくんはテストの練習を学校ではしていないとのことです。(普通学級では、文章問題の類題をたくさん解いていたようですが)

どんぐりだけで大丈夫、だと思います。

 

先日、久しぶりの授業参観がありました。
支援級での算数の授業。
その日はおまめくん1人だったので、マンツーマンの授業でした。

単元は
「べつべつに いっしょに」
というもの。
先生はこの言葉は使わずに、まずは文章題を解きました。

1つ30円のみかんが6個と、1本70円のジュースが6本あります。
全部で何円になるでしょう。


という問題。
まずは自由に解いてみることに。

(30×6)+(70×6)=600

と回答するおまめくん。
​先生が用意した図に、線を囲むよう先生が指示。(みかん6個と、ジュース6本を囲む)
次に先生が、違う方法を考えてみましょう、という提案をして、おまめくんは

(30+70)×6=600

と書く。
ジュースとみかん一個ずつを囲む絵図を書く。

この方法に名前をつけよう、ということになり、
先生の提案で「べつべつほうしき いっしょにほうしき」
と名付けられる。

次の問題は、

大きいバケツには3Lの水が入り、小さいバケツには2Lの水が入ります。
それぞれ4回運ぶと全部で何リットルの水が運べるでしょう。


これは先生から自由に絵図を描いてよいと言われたので、おまめくん、絵を描き始める。
大きなバケツ4個、小さなバケツ4個。
途中バケツのデザインに凝りすぎて止められる。
先生から、
「算数の図なんだから簡潔にね」との指示。
自由に、と言われたのに、囲み方が「べつべつほうしき いっしょにほうしき」ではなかったので(大きいバケツ2つと小さいバケツ2つを囲んで10Lとメモしていた)、途中指示が入り、描き直しさせられる。
結局「べつべつほうしき いっしょにほうしき」の2種類の絵図を描き、式を書入れる。

最後に先生、
「どっちの方法が「は(はやく)か(かんたんに)せ(せいかくに)」の方法ですか?」
と問う。
「いっしょにほうしきです」
とおまめくん。

という感じでした。

なんというか、内容はそんなものだろうと思ったのですけど、衝撃だったのはおまめくんの様子・・・・
最初の問題を解いてすぐは生き生きとしていたのですが、途中から目の輝きが消え、心ここにあらず・・後半フリーズ・・・
退屈そう、というのは明確。明らかに、どんぐりをしている時と別人でした。
先生はこれを「退屈そう」とはとらえず、「がんばりすぎて疲れちゃったんだね」と言って、お絵描きタイムに。
おまめくん、バケツの絵に魚を描きいれたり、バケツの世界を広げて楽しそうに絵を描く。

後からおまめくんに、
「これもしかして一回やった?練習とかした?」
と聞いたら、
「それはないよ〜初めてだったよ。」
とのこと。
そうかあ。それでもこんな様子になってしまうのか。

先生がある程度誘導しちゃうのとか、学校の授業だし仕方がないとは思うのだけど、文章題もやはりパターンなので類題の繰り返しだとこういう状態になってしまうのだなあと驚いてしまいました。
ドリルばっかりの授業よりはずっとよいのですけどね・・。

おまめくんが毎回どんぐりタイムを楽しみにしているのが分かりました。
最近は5MXを選びたがるけど、好きな問題を好きなように楽しんで解いてもらいたいな、と思います。



 

おまめくん、昨日で9歳になりました。
まだまだ小さいと思っていたのに、もうすぐ高学年になってしまいます。
子どもの成長ってあっという間で、子育ての期間って本当に短いものなんだなあと実感・・・。

9歳の壁
という言葉を知ったのがおまめくんが1年生くらいの頃だったと思います。
いろいろ調べて、どんぐりにもたどり着きました。

学習の選択肢のひとつ、として始めたどんぐり問題。
知れば知るほど、そんな単純なものではなかったことに気づきます。

「人生を楽しむことができる力をつけること」

これが子どもにとってどんなに大切なことか、今改めて考えています。

どんぐりを知った後、環境を変えていくためにいろいろ難しいこともあったし、「いっそどんぐりを知らないほうが楽だったのに・・」と考えた時期もありました。
それでも、思い切って日常生活を変えていくと、なんてシンプル!!!
習い事を減らして、宿題をやめて、テレビをやめて、たくさん外遊びをする。
親もストレスがありません。
子どもというものは、環境さえ整えておけば、あとは自由にその子らしく育っていくのだろうな、と思います。

おまめくんには将来の夢もあって、
「古生物学者になって博物館で展示の企画をしたい」
というもの。
夢は変わっていくかもしれないけど、その時その時に興味を持ったものに全力で夢中になって、「人生を楽しめる大人」になってほしいと心から願っています。

今年もどんぐり子育てを楽しんでいきたいと思います!!

 

おまめくんの完璧主義傾向が少しずつ改善されつつあるのですが、前回の記事にコメントをいただいたので、日常生活での工夫について書いてみようと思います。

保育園までの頃はこの傾向に親があまり気づいていませんでした。
ルールのあるゲームをしないのは、ルールが分からないからだと思っていましたし、ジャンケンをしないということもそれほど大きなこととは思っていませんでした。
いろいろと崩れてしまってから、ひとつひとつ見て行くと、どうやら完璧主義の傾向が強い子だったということが分かってきました。

どんぐりを始めたのが1年生の秋なのですが、その頃は分からない問題や間違った問題をぐちゃぐちゃに消し、大泣きをしていました。

やぶってしまったものもありました。
(どんぐりに関して言えば、私自身の中の正解へのこだわりはかなり強かったので、その影響は大きかったなあ・・と思っていますが。。。)

まずは勝ち負けのこだわりは崩さなくてはいけないと思い、「ボードゲームやカードゲームを楽しくできること」を目標に日常で取り入れていきました。

最初は大人のさじ加減のできる内容のゲームを選び(運で左右されないもの。例えばオセロなど)、まずはおまめくんが勝つようにしました。
そのたびに、負けた大人は笑顔で、
「負けたけど楽しかった〜」
と言葉で伝えます。これを根気よく、根気よく・・・
時々大人が勝つようにしていって(その時はまだ泣く)、おまめくんが泣いたら、
「悔しい気持ちは分かるけど、泣いたらまわりの人が楽しくなくなるんだよ」
と言葉で伝えるようにしていきました。(でもおまめくんが負けるのは少なめに・・・)

その次に、完全に運で勝敗が決まるゲームを取り入れました。
すごろくとか、さいころの出目で決まるようなもの。
平日のテレビをやめたので、時間はたっぷりあります。
だんだんと、これをワイワイ楽しくできるようになるようになってきました。
運とちょっとのさじ加減で楽しく遊べる「ウノ」とかトランプの「ババ抜き」とかも楽しめるようになりました。
1年くらい家族で遊ぶ中で、少しずつ負けることの「恐怖」より遊ぶことの「楽しさ」が上回ってきたような気がします。

今では将棋やチェスを手加減なしでやっています。
お父さんにはほとんど勝てないけど、勝ち負けではなくて「勝負の過程」を楽しめていること、次こそは勝ちたいと思って工夫すること、いろいろと成長したなあと思います。(ちなみに将棋やチェスだと私はおまめくんには勝てません・・・でも、私よりお父さんと対戦するほうが楽しいと言っています。)

他には、テストで100点でも褒めない、間違えたところや失敗を責めない(大丈夫、次から工夫しようなどの言葉がけ)、辛い時は「休んでもよい」ことを伝えること、休むことは悪いことではないこと、負けることはかっこわるいことではないこと、などを言葉で伝えることを続けていったように思います。

で、本人が体感として感じられた部分が、どんぐりの「分からん帳」だったんだろうと思います。
当時、「分からん帳」という言葉がどうしても受け入れられなかったおまめくん。(分からんを認めたくなかった)
お宝という言葉を借りて、「間違えたところはお宝発見なんだよ!」と伝えて我が家では「お宝帳」と呼んでいるわけですが・・。
長期休みに取り組むたびに、これまで出来なかったことを自分の工夫で乗り越えたことを実感し、今では間違えても泣く事はありません。(少し悔しがることはあります。)

どんぐりに関しては、私の中で「日常の取り組みは確認、間違えた問題こそが進化の種。分からん帳消化までがサイクル」ということをしっかり理解して、自分の中の正解へのこだわりを捨てないといけないな、と思っています。

 


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